出てきた日
生まれてくる赤ちゃんのための計画や今後の段取りを考えていた生活から一変、
稽留流産が分かった後は、
「出てくるとき」の準備をする生活になりました。
毎日ナプキンをあてておいて、
自宅トイレにはビニール袋を置いておきました。
可能なら出てきた胎嚢を病院に持ってきてほしい、と医師に言われていたためです。
(詳細は次回)
流産が分かってから
一月ほど経過した頃
茶オリが出始めました。
(まだ高温期)
茶オリが9日間続いた後
出血が始まり、
このタイミングで体温も低温期に入りました。
そして出血5日目に、
出てきました。
その日はお正月休みだったため、仕事には全く影響しませんでした。
このタイミングに出てきてくれるなんて気を遣ってくれたのかな。
…それとも、「休まず働け!」ってこと?
(;´-`)
でも夫婦ふたりでゆっくり過ごす休日に出てきてくれたのは、
本当にありがたかったです。
その日、家でゆっくり大好きなドラマ観ていると、生理痛の痛みが来てだんだん強くなりました。
痛みには波がありました。
痛みの波が来ると唸りだす私を見かねて、夫が「ドラマ止めておこうか」と聞いてくれましたが、 「止めないで……( ̄д ̄;(息も絶え絶え)」と頼みました。
ドラマ面白くて、痛みから少し気が紛れたので…!
しかしドラマのラストシーンまでたどり着かないうちに、紛れようのない痛みになり、波の間隔も短くなり…
だいたい2分おきぐらいに強い痛みが来るようになった頃、なんか話に聞くところの「陣痛」みたいだなと思いながら、這うようにトイレに行ってみました(さすがにドラマ止めておいてもらって)。
結構出血しているけど下着は汚れていないなと確認しながら
とにかく痛みに耐えてトイレで座っていると…
「なんか出て来る!」と感じて、とっさに便座から離れました!
その瞬間、ボトッ
と、間一髪で床に落とすことができました。
胎嚢は、こぶしぐらいの大きさでした。
ずっと前から
便器の中には落としたくないなと思って…
どうしたらいいか脳内シミュレーションしたり、ずっとずっと気になっていたので、
無事に綺麗に拾える状態で出せたことに、まず一番に安堵しました。ちょっと達成感のようなものまでありました。痛みに耐えて産んだぞ、というような。
そのあと
用意してあったビニール袋に温かい胎嚢を拾い入れたとき、
安堵と悲しみと虚しさとお腹の痛さとがぐちゃぐちゃになって、すごく泣きました。
エコーで見た心臓の動きを思い出してしまったりして辛かったです。
トイレの外では夫が、私の慟哭を聞いて心配そうに待っていてくれました。
夫だって辛いのに 私ばかりわんわん泣いてしまった。
こうして 1度目の妊娠は終わりました。
この後すぐ立ち直ったわけではないのですが、お腹にいるときと、いなくなってしまった後とではやはり気持ちが違うように思います。
あとちょっと油断していたのですが、胎嚢が出てきた後のほうが出血がひどかったです。夜用を頻繁に替えてました。
無事に拾い上げた胎嚢を病院に持っていった件については次の更新で書きたいと思います。